作り手:ホアキン・フェルナンデス
夢が叶うことを証明した男
16年前、ロンダの人里離れたこの土地は何もない野原でした。50年近く前に10代の少年だった、ホアキン・フェルナンデスが抱いた夢が実現し、この原野にワイナリー「フィンカ・ロス・フルタレス」が誕生しました。
ホアキンは、スペインの甘口白ワインの産地であるコルドバ地方に生まれました。彼は建設労働者の家に生まれ育ち、作業員としての父親の足跡をたどりました。肉体労働の日々が、彼をブドウ栽培の世界に導く事になるとは、夢にも思っていませんでした。
「僕は、ワインが大好きでした」と彼は言う。「アンダルシア人であれば誰でもそうですが、僕もいつもワインの香りに惹きつけられるんです。14歳の頃、父と私はコルドバ近郊のワイン蔵の修繕を依頼されました」と、彼は口元に笑みを浮かべ、物思いにふけった様に過去を語ります。「醸造所に入ると、魔法のような強い香りを感じた。その香りが五感を満たす様に僕を包み込み、そして、その香りは長く僕の記憶に残った。まさにその日からその香りが僕に取りつき、それを忘れる事はできなかった。そして、僕は心の中で、自分のやりたい事はこれだと思ったんだ。」
いつの日か自分のブドウ畑を所有し、ワイン作りをするという夢に駆り立てられ、ホアキンは、建築現場で働きながらお金を少しづつ貯めていきました。そして、実に30年以上という時をかけて、その夢を実現させる事ができました。石工としての資格を取得して、大理石等の石を加工する仕事をしながら、彼はワイン作りについての本を読みまくり、農業とブドウ栽培について猛勉強をしました。本を読む事が大好きだった彼は、現在、4000冊以上の本を所蔵する素晴らしい図書室を家に持っています。
「大理石を使った建材や、彫刻を作る職人から、ワイン作りに転向したっていうのは珍しいね、と良く言われるけど、僕にとってはどちらの職業も根本は同じなんだ。いずれも、自然が生んだものから価値ある美しいものを生み出す仕事だからね。大理石であれ、木材であれ、石であれ、ブドウであれ、有機物を使って、それを素晴らしい、忘れられないものに変化させる仕事なんだ。今は、それがワイン作りに代わっただけなんだ。」
2000年、フアキンは、夢を実現するために銀行から貸付を受けることに成功し(銀行からの彼の成功を称える賞状の額が、彼のワインが受けた栄誉や賞と共に誇らしげに壁に掛けられています)、フィンカ・ロス・フルタレスを作り上げました。
「僕の子供の頃からの夢は、ワインの作り手となり、自分のワイナリーで自分が作ったワインを訪れる人達に楽しんでもらう事だった。ワイン好きの人達が僕のワイナリーを訪れてくれて、楽しい時間を過ごしながら、ワインを飲んで、1、2本のボトルを手に家に帰る前に、有機栽培について学べるような、そんな空間を提供するというアイデアに僕は憧れていたんだ。僕は、そういう自分が望む空間を、如何に作って、それをどう運営するかということを30年間考え続けてきた。」
フィンカ・ロス・フルタレスを訪れる時には十分な時間の余裕をもっていった方が良いと思います。敷地内にある物すべてに、ストーリーがあります。フアキンはエコロジカルな理想を徹底して実現しようとしています、不要になった物をリサイクルして使っていきます。彼の夢にまで見たワイン蔵も廃材を使って建設しました。柱には古い街灯が使われ、足元に敷かれた丸石には、周辺の田園から取ってきた石が使われてます。
オレンジの木と古いブドウ絞器のある大きなパティオからは、オリーブ畑、ブドウ畑が見渡せ、その向こうには青灰色の山々がどこまでも広がる景色が広がります。ここを訪れる人達はワインを手に外に作られたキャンティーンに腰を降ろし、ハーブや、樽の香りがするワインを味わいながら、自分の夢に思いを馳せる事ができます。ホアキンは、こんな風に、訪れる人達が自然の中でリラックスしながら、アンダルシアの天国の様な自然を堪能できるようにキャンティーンをデザインしています。
「現在、8人が寝泊まりできるゲストハウスを作っているんだ」と、彼は大きな水漆喰のスペイン風家屋を指差して言いました。その屋根には典型的なアンダルシア風のタイルが張られていて、窓からは、この辺でも最高の景色を望むことができます。「ここではエコロジカル・ワインツアーとテイスティングを楽しんでもらっている。また、結婚式や、企業向けのウィークエンドイベントなんかもやっているんだ。訪れてくれる人達に心から楽しんでもらえるように努力している。僕は、脇役で、ワイン蔵から皆さんが、僕が作ったワインを楽しむ姿を見るのが大好きなんだ。」
ホアキンは古い鶏小屋を指さしながら、アグリツーリズモを楽しんでもらうためにここを、家族用宿泊施設とシングル用キャビンルームに改築したいと言う。この楽園の様なところで目を覚まし、地元の食材を口にして、フィンカ・ロス・フルタレスのワインを飲みながら数日を過ごすのは、楽しく、心が安らぐ休暇になるのは間違いありません。
「ワイン作りの全工程は、可能な限り自然なものでなくていけない」と彼は言う。「植物を育てる方法から野生生物と共存する方法まで。例えば、この敷地内に20個のミツバチの巣箱を置いていて、人工受粉の手伝いをしてもらっている。そして、ミツバチ達は最高においしいハチミツも作ってくれる。ワイン購入時にハチミツも一緒に買いたいというお客様は結構多いんだけど、残念ながら全員の口に行き届く程の量は作ってくれないけど。こういう風に、目の前に広がる風景の細部すべてが、ワイン作りに一定の役割を果たしているんだ。」
目の前にあるテーブルには、古い使用済みコルクのコレクションや乾燥させたローズマリーが載せられています。ホアキンがそれを指で持ち上げると、ハーブオイルの香りが広がります。「僕のワインには自然に反するものには触れて欲しくないんだ。コルクでも、手に入るものの中で最高品質のものを使っているし、コルクの上を金属箔で被せるのさえ嫌なんだ。ワインボトルは手作業で1本1本、ミツバチの巣箱から取ったミツロウを溶かしたものに浸け、その上に地元で採れたハーブを振りかけている。季節次第で、オレガノや他のハーブを使用することもある。僕達は自然が与えてくれるものを最大現に利用資するようにしている。金属箔の代わりにミツロウを使うと、ワインのコルク栓が破損していないかどうかをすぐに見分けられるし、人工的なものがボトル内のワインを損なうこともなくなる。自分の仕事に透明性と誠実性を持つこと、そして、基本に戻ることが僕のワイン作りの信念なんだ。」
ボトルが印象的で個性的に見えるのも大切だが、実際のワインの質はどうだろう?フィンカ・ロス・フルタレスのワインは数え切れないほどの賞と栄誉を受けていて、フェルナンデスのテイスティングルームには、その結果が誇らしげに飾られています。作り手の誰もが最も切望する賞を、彼が手にしたのは、2014年のウィーンの国際ワインコンクールで、37カ国からエントリーした11,000を超えるワイナリーを制し、彼のガルナッチャが金賞を獲得した時です。「ワインが神の飲み物と言われるのには理由があるんだ」と彼は笑う。「飲み物を語る時に、ワイン以外で、こんなに興奮する事はないからね。ウイスキーやブランデーも世界ではそれなりの地位があるのは分かっている。でも、ワイン...ワインは別物だよ。」
醸造所の樽の上に、ホアキン自身が彫った大理石造りの馬の頭が二つ並んでいます。彼にとって、自然なものから美を作り出すのは天性なんだろうと思います。「僕が石をじっと見ていたら、石が呼びかけてきた。馬が石の中に隠れていて、表に出してくれと呼びかけてきたんだ。それから、僕は、彫刻刀を手に、その馬を解き放ったんだ。」
ここにいるのは、小柄で職人らしい風貌を持ち、14歳で自分の夢に狙いを定め、それを実現した男です。そしてまた、私たち皆に、忍耐、決意、将来性の認識について、私たちの内に潜む美と可能性を解き放つことについて、ちょっとしたヒントを与えてくれる男でもある。