サムサーラ ワインス・パブロ チャコン

作り手:パブロ チャコン

 

-古い伝統に吹き込まれた新鮮な息吹-

 

 2008年、ロンダのワイン界に、若い作り手が登場しました。卓越したワインを作るワイナリー「サムサーラ」を設立したパブロ・チャコンです。

 

 私達が、ロンダの有名な高い崖の谷間に掛けられた18世紀の橋の下にあるブドウ畑を訪問すると、パブロと彼のパートナーのアレックスは、椅子に座り、目を閉じ、太陽に顔を向けていました。彼らが座っている椅子は果物箱をリサイクルして作られたものですが、座ってみると、思いのほか座り心地がいいのに驚きました。

 このワイナリー「サムサーラ」は、古いスペインのワイナリーとも、ワインを作ってきた長い家系とも、まったく関係ありません。そういう古い伝統がなくても、良質のワインを作る事ができる事を彼らは証明してきました。大切なのは、ブドウが育てられる環境だと彼らは信じています。そして、このロンダの崖下は、ブドウ栽培に最高に適した場所だと言えます。

 

古い業界に、何か新しいものを注ぐことができると信じる

  ここでは、どこか遠くで滝の水がはじける音が聞こえ、そのエネルギーが空気の中を舞い上がっている様です。この周囲のエネルギーと、この作り手達のエネルギーが調和している様に感じます。パブロが何故自分のワイナリーをサムサーラと命名した理由がここに来るとわかる気がします(サムサーラとは、インド仏教における転生観である「輪廻」を意味します)。

「僕達のワイン作りと人生感は、仏教に強い影響を受けているんだ。僕達は、人生には周期があるという概念や、地球上のすべてのものがその環境に影響を与えるのだということを、強く信じている。」とパブロは言います。「僕達はまだ若い。ワイン作りは、僕達の新しい人生のスタートなんだ。努力は必ず報われる、それが僕達の人生感。新たなチャンスが得られて、新鮮な息吹を感じ、新しい挑戦が出来るのが若さの特権だと思う。僕らは伝統的なワイン作りに何か新しいものを注ぐことができると、信じている。」

 皮肉に聞こえるかもしれませんが、パブロが伝統的なワイン業界に新たなものをと考え、そして、得た結論は、自然への回帰と古くからの醸造方法を採り入れる事でした。新たな技術や、機械を導入するのではなく、逆に徹底的に自然と付き合い、自然の力と人間の手で作るワイン、これが彼等のモットーになっています。

  パブロの実家は、ロンダから100㌔程離れた村にある農家です。2008年にパブロが20歳になったばかりのある日、父から所有する土地に関して、パブロにふたつの選択肢が与えられました。パブロがこの土地を譲り受けてワイン作りを始めるか、あるいは売却してしまうかをパブロが決めるというものでした。そして、パブロはワイン作りをすることを決心し、全力を尽くすと父に約束しました。しかし、実際にやってみると、それは簡単な事ではありませんでした。

「家族が外で仕事をしているのをずっと見て育ったきたし、兄も自分でオリーブオイル作りをしているから農業の事は良く知ってた。でも、ワイン作りの経験は家族の誰にもなかったんだ。」とパブロ。「だから、何か新しいことを始めようとする時に若い学生が普通やることを、僕もしたわけです。つまり、本で勉強すること。でも、読んだのがスペイン北部でのワイン作りの本だったのが間違えの始まりだった。環境がまったく違うロンダでのブドウ栽培には、まったく役にたたなかった。本の通りにブドウ栽培を始めたんだけど、1年目はとにかく大失敗。また振り出しに戻った。」

 そんな時、幸いなことに、パブロと彼のチームを助けてくれる人達が現れました。手を差し伸べてくれたのは、彼らの大先輩で、そして何世紀にも渡るワイン作りの伝統を継承している作り手でした。

「ロンダのワインの作り手のコミュニティは、本当に素晴らしいんだ。みんなで助け合う精神がある。ロンダでのワイン作り復活の立役者的な存在のヴェタス氏や、シャッツ氏の様な尊敬してきた作り手が、僕達に助けの手を指し伸ばしてくれたんだ。彼等は僕の師匠で、また、父親の様な存在でもある。僕が今やっている環境に優しい、有機栽培によるワイン作りの知識は、彼等が教えてくれたものなんだ。それから、古代ローマの文献も、かなり研究した。2000年以上前、古代ローマ人は、ここで、良いワインを作っていたんだからね。彼等からも多くを学べるはずだと思ったんだ。色々な指導を受け、自分でも勉強してブドウ栽培を続けている内に、変化が見えてきて、良質なブドウを作れるようになったんだ。」

 妻と4歳の息子をもつパブロは、自分の家族とワイナリーを、同時に築き上げていきました。「ブドウ畑で息子が遊ぶのを見ていると、本当に楽しくなる。」と、木の下にある息子のおもちゃのトラクターを見ながら、パブロは言います。「息子はブドウを摘むのを手伝ってくれるし、ちょっとしたお手伝いもさせる。息子は、自然の中にいるのが好きで、この畑が大好きなんだ。外で畑仕事をする事が、息子には生まれついている気がする。」と、微笑みながら、パブロはもう1杯ワインを注いでくれました。パブロを見ていると、若い彼が伝統的なワイン作りの世界に入り、そして、短期間でワイン作りを習得したことが、不思議ではなくなります。彼はオープンな性格で、温かい心をもっています。彼の純粋な熱意に、私たちも引き込まれるし、また、その若い熱意が彼を成功に導いている事を感じます。

  「ワイン作りで食べて行こうと決心したのは、いつ頃だったの?」と、彼に聞くと、彼はちょっとのけぞって、笑顔を見せました。「僕は自然が大好きで、オフィスで仕事するなんて全く考えられなかった。自然に敬意をもち、自然を理解することの大切さを強く教えてくれたのは、おじいちゃんだった。おじいちゃんも農夫で、歳を取ってもう働けなくなった時に、娘に世話してもらうために街に戻った。僕はその時7歳だったんだけど、一緒に畑を歩いていて、祖父が泣き出したのを覚えている。どうしたの?と僕が聞いたら、祖父は指である木を指さした。そして、「おじいちゃんが若かった時、あの木は、すごく背が高くて、立派だったんだよ」と言った。その木は、もう古くて、今にも枯れて死にそうな木だった。次は自分だと、祖父は言いたかったんだと思う。そんなことがあって、僕は、小さいながらも、人生は大切に生きなきゃだめだと思うようになった。みんないつか死ぬんだし、僕らが生きている地球は、僕達人間と繋がっているのだとも。心も、体も地球に繋がっていると。僕達は地球と一体で、いつまでも回り続ける周期とエネルギーがあるという考えに、僕は惹かれていった。そういう自然とそのエネルギー、そして、その周期を大切にしながら自分を表現できるワイン作りに大きな満足を感じるんだ。だから、特にこれで食べて行こうとかという感覚は無かった。」と答えてくれました。

 どのワインにも物語がある

  沈んでいく太陽が、パブロの背後にある岩に影を投げかけています。私たちの足元にあるすべての草、私たちの肩に感じる太陽の暖かさ、ここにいるとパブロの言う自然とそのエネルギーを感じる事ができます。この絶壁の上にあるロンダの街では沢山の観光客が歩き回り、この神聖な自然の力によって育つブドウ畑がここにあることに気付かぬままに、橋の上からここを見下ろしているのかと思うと、何か不思議な気分になります。

 パブロのブドウ栽培は、完全な有機栽培で、環境にやさしい栽培を一貫して行っています。現在、彼は、醸造と瓶詰めのために、ロンダの小さなボデガであるケスタ・ラ・ヴィーニャの一部を借りています。将来は自分の醸造所を持ちたいと彼は思っていますが、今のところは、この借りた場所で、自分のコレクションを広げることに専念しています。

「どのワインにも、必ず物語がある」と、目の前に3本のワインを並べながら、彼は言います。「もうすぐ白とロゼも作るつもりなんだ。新しい年は、新しいブドウが育ち、新しいことを試すチャンスを与えてくれる。そして、それぞれのワインには、毎年、新しい物語があるんだ。」と。

 彼にとって、ワイン「サムサーラ」は、彼が初めてリリースした、彼の人生を象徴するワインです。ロバの首に縄がかかった絵をラベルにした「ハキマ」は、ロンダの昔の農法を振り返るもの。そして、もう一つの意味があります。このワインは、スペイン種であるガルナーチャと、フランス種のシラーをブレンドしていますが、シラーの苦味をガルナーチャが抑えるという事を意味し、ロバがシラーの象徴で、その首に掛かる縄はガルナーチャを象徴しています。そして「マノス・ネグラス」は、ブドウ汁で真っ黒になってしまった、ブドウを手摘みする人達を語っており、有機栽培で作られたブドウを象徴しています。

 古いものと新しいものの架け橋

  自分がワイン作りが出来たのは、友達と一緒に仕事をしてきたおかげだと、パブロは考えています。パブロがワイン作りを決断した時に、親友達がそれを支え、一緒に挑戦する事に賛同してくれたのです。「友情には、力がある。僕達は、単なるチームではなくて、親友であり、そして兄弟みたいな関係。お互いを良く知っているし、また信頼もしている。僕らが一緒に働く時、そこには、言葉にしなくてもわかりあえる何かがあるんだ。それが、すごく自然で、ワイン作りの原動力になっているんだ。」と言います。

 パブロの親友で営業を担当するアレックスは、私たちが話す様子を楽しそうに写真に撮っては、フェイスブックに投稿しています。ワイン作りの古い伝統に敬意を持つ一方で、彼等は、まさに今の時代の若者でもあります。古いものと新しいものの架け橋的な存在なのかもしれません。

 「僕達は、人生を楽しみたいんですよね」とパブロは言います。「8月は、収穫の日まで、毎日ブドウの味見をする。ブドウが熟すベストタイミングで、夜、月明かりの下で収穫をするんだ。そうすることで、日中の熱さを避ける事ができて、ブドウの鮮度が保てるんだ。それは、本当に素敵な光景だよ。橋が月の明かりに照らされる中、友達や家族が集まって、その年の収穫を祝いつつ、一緒に手摘みで収穫作業をするんだ。今では、地元ロンダの一つの年中行事みたいになっているんだ。去年は、まったく見ず知らずの人達がボランティアで収穫に参加してくれたんだ。」

 収穫という、辛い重労働も、パブロにとっては、まるでパーティーの様になってしまうんだね、と言うと、「ワイン作りが、自分の精神に活力を与えてくれるからね」と、彼は肩をすくめます。そして、夕日に照らされて、輝いている畑を指して、こう続けました。「これがなかったら、僕はきっと空っぽな人間になってしまう。僕には、家族とワイン作りがある。僕は、本当に幸せな男だと思う。」と。