ボデガ モロサント

作り手:ミゲル セスペデス

ローマ人、聖人、そして水彩画

 ワインと言う言葉からは、自然や、豊かな人生を多くの人々が連想しますが、その一方で、自分の愛するものを自分で作り、成功する事に人生の意義を見出す人もいます。ミゲル・セスペデスもそんな一人だ。彼はマラガの出身で不動産ビジネスで成功を収めましたが、50代になり、ワインへの愛と今までのビジネスの経験を活かして、ワイン作りを始める決意をしました。その目的を実現するために、土地探しを始めましたが、ワインの新しい産地として成長しているロンダを選びました。

 「私は、若い頃から旅をする事が大好きで、色々なところで、ワインを楽しんできました。僕にとってワインは人生における快びの一つでした。飲む側だった僕は、ワインビジネスは、なんて興味深く、素敵なビジネスだと、勝手にロマンティックな考えを持っていました。」と彼は笑いながら言います。「ところが、実際にやってみると、現実は全く違いました。それまでの想像の世界とは天と地ほどの差があったのです。土地の面積を広げれば広げた分だけ、いや、それ以上に仕事も問題も増える。大きな満足感を得られることは事実ですが、安易にこのビジネスに足を踏み入れるべきではないというのが、僕の印象です。」

 

 ミゲルのワイナリー「モロサント」は、ロンダでは規模が大きなワイナリーです。と言っても、生産本数は、年間8万5千本程度です。将来はこれを10万本にまで拡張したいとミゲルは思っています。ミゲルは2005年にこの土地を買い、2006年に最初のブドウの木を植え、2011年には、ワインをリリース。数千本の単位でしたが、ワインの世界ではこれは速い展開と言えます。ミゲルは、最初からこのワイン作りの計画を持ち、それを実現してきています。

 「僕は、土地と共に生きる農夫のタイプの人間ではない事は自分でわかっていたけど、ワインが大好きで、本当に美味しいワインを作りたかったんだ、ただそれだけです。ワイン作りはもちろん楽しいですが、基本的にはエノログのエリザベスを信頼して、全て任せています。僕の真の喜びは、自分のワイナリーで作ったワインを販売することです。これまで僕は、ずっと家を販売してきましたが、ワインと家とでは全く互いますから、この歳になって、本当に沢山の新しいことを日々学んでいます。」

古代ローマ時代の遺跡発見

 この地域の他のブドウ畑と同様、モロサントでも試飲やワインツアーが開催されます。モダンなバーやダイニングスペースには何枚もの現代絵画が壁にかけられ、ガラスの扉の向こう側にはブドウ畑の息を呑むような風景が拡がっています。このワイナリーには、ミゲルがここでワイン作りを始めた当時は予想もしていなかったものがあります。ミゲルが醸造所を建てようとしていたその場所に古代ローマ時代の集落の遺跡が発見されたのです。

 「あれはエキサイティングでした。」と彼は語ります。「ロンダの博物館に発掘の支援を依頼したのですが、本当に驚くべきものが数々が出てきたのです。何千年前もの昔に、ここに古代の醸造所が立っていたというのです。考古学者たちの発掘によって、大きな醸造所の壁や部屋の土台、そしてブドウを破砕したり、ワインを貯蔵したりしていた場所も出てきましたし、ローマ時代の魚のシンボルが付いた2世紀のコインも見つかりました。更には22メートルもあるローマ時代の温泉プールの遺跡さえ出てきたのです。おかげで私達は新しい醸造所を土地の反対側に移さなくてはならなくなり、工事には思った以上の時間がかかりました。」とミゲルは説明します。「でも、それだけの価値はありました。ローマのワイン醸造所遺跡を持っているワイナリーは世の中にいくつもあるものじゃないっですからね。ここを訪れる方々は、何千年も前に人々がここでどうやって生活していたか、ワインを作っていたかを見て大変喜んでくれます。この施設を建てるにあたって、私達もこの伝統を尊重したのです。」

 モロサントのワイナリーの入り口には3本の大きな糸杉の木が立っています。ローマ時代の伝統に従ってここを訪れる人々を迎えてくれる木です。「ローマ時代、農園や大きな家の入り口には必ず糸杉の木が植えられていたんです。それは『ようこそ我が家へ』という意味なんです。」とミゲルが言う。

 ローマ人、そしてミゲルがここでワインを育てようとしたのは単なる偶然の一致ではありません。ミゲルは手すりに寄りかかって「モロサントにはここ独特の気候があるのです。」と言います。目の前にはなだらかな緑の丘が広がっています。「ここの裏手には山があって、北風や霜を遮ってくれるのです。ワイン作りには日中の太陽と夜間の冷気が大切ですが、それはあまり極端であってはいけないのです。雪ならまだ良いのですが、雹はブドウの木に壊滅的な被害を与えます。この裏山のおかげで、ここでは雹は降りません。ここのブドウはこの裏山守られているのです。」と、彼は花が咲き始めたばかりの鮮やかなエメラルド色の葉を指差す。この蕾がもうすぐブドウになります。「この場所の土は80パーセントが砂で、水はけが良いのです。また、このなだらかな坂を水が徐々に下りていきます。先ほども言いましたが、ここはもともとワインを作るのに完璧な場所なのです。僕達が、予想よりも早くワインを作ることが出来たのは、この自然条件のおかげだったんです。ローマ人もこの場所の特徴を知っていたんでしょうね」

モロサント物語

 ミゲルはこれから熟成中のボトルが並ぶ貯蔵庫に私達を案内してくれました。「僕は、ワインを愛し、愉しんでいますが、この業界のノウハウは、それをどうやってビジネスとして成り立たせることにあります。作ったワインが売れなかったら、単なるお金のかかる趣味で終わってしまいますからね。」と彼は言う。「それには忍耐が要求されます。新しいものを作り、それを販売する為にはそれぞれ必要な時間がかかります。営業にも真剣に向き合わなくてはなりません。」ワインがここで時間をかけて熟成するのを待つ間、頭上では深いオレンジ色のガラスで出来たブドウの装飾が施された精緻なシャンデリアが落ち着いた独特な雰囲気を醸し出しています。モロサントのワインのラベルは鮮やかで色彩に満ちています。ミゲルがこのボデガの名前が入った小冊子を私に差し出しました。

「これは子供向けに作った、物語です。それぞれのストーリーに付けられた挿絵がワインボトルのラベルに使われているんです。」と彼は説明する。この本には、ローマ時代やムーア人の歴史を織り交ぜつつモロサントの土地の美しさを描いた3編のストーリーが収録されています。モロサントという地名は「ムーアの聖人」という意味です。また、「全てのものにはそれぞれにかかる時間というものがあって、その時間をかけることの大切さを記した短い文章も収録されています。 裏表紙にはアフメド・イブン・アルベイターによるアラビアの愛の詩の抜粋が書かれていますが、その詩は、愛や憧れ、そしてモロサントと、この地のワインが題材になっています。ここは、ローマ人にワインを作らせ、ムーア人に詩を書かせ、そして人々に熱的なインスピレーションを与え続けてきた地なのです。

 私達は、大きな岩の重なる小道を通ってここを後にしましった。良く見るとこれらの岩は人間が彫ったものであることがわかります。おそらくローマ人の遺跡から運んできたものなのでしょう。私は、ミゲルのように、聖なるモロサントの地で男たちが2000年以上前に彫ったであろうその岩に触れ、彼らに思いを馳せました。彼らもまたこの地が彼らに恩恵を授けてくれることを知り、夢に導かれ、計画を立て、ワインを作り、未来を拓いたのであろうと想像します。ここは、土壌に恵まれ、時が止まったワイン作りの幸運の地なんではないでしょうか。