ボデガ ヴィロリア

作り手:ヘスス ヒメネス

次の世代のためにできること

 古代からの長い歴史を持つロンダ郊外に広がる見事な野原や農地のことを、人々はロンダ・ラ・ビエハ(古いロンダ)と呼びます。オリーブやレモンの木に包まれ、未舗装の狭い小道がくねくねと野原に入り交じったパッチワークのような景観の地が、今急成長を遂げているロンダの新しいワイン作りの中心地です。

 ロンダでワイナリーを探すのは容易な事ではありません。ここには観光地にあるような標識はほとんど存在せず、普通の宅地に隣接していたり、ごく普通に見える農家であることが多いからです。ビロリアもそんなワイナリーの一つです。私達も道に迷い、幸運にも近くを通りかかった地元の牧童と彼の50頭のヤギの道案内のおかげで、ヘスス・ニエト・ヒメネス(仲間の間ではチェチュと呼ばれている)のワイナリーに辿り着くことが出来ました。

 チェチュは戸外で働く男のイメージを絵に描いたような人物です。元気で、健康的で、いつも笑顔で、生きる喜びに満ちています。彼は、一日中オフィスに閉じ込められるような生活は想像する事すらできないと言います。

 「僕は、子供の頃から田舎の自然の中で育ったんで、外にいることが大好きなんだ。今でも、家の外で仕事をする時が一番落ち着く。子供の頃は家族でピクニックしながら、皆で過ごす時間が大好きで、いつも家に帰るのを嫌がっていた。僕の兄弟達はみんな勉強や、仕事で都会に出て行ってしまったけど、僕だけは、ここが大好きだったんで、ロンダに残ったんだ。毎朝太陽が出る前に起きて、霜の中で輝く早朝の畑を廻りながら、ブドウ畑の上に太陽が昇ってゆく光景を見ていると、それが言葉では言い表せないほど綺麗で、いつも感動するんだ。」

 チェチュの人生にはワイン作り以外に他の選択儀もありました。彼はサッカーのプロ選手になる道を選ぶ事もできたのです。

 「僕は子供の頃からサッカーをやってたんだ。そして、マラガのセミプロ代表チームでプレイするようになった。マドリッドの有名なプロチームの入団試験に招かれた事も、実はあるんだ。」と、彼はそれが何でもない事のように話します。「でも、最後は、これが勝った。自然の中で、ワイン作りをする事こそが僕の本当にやりたいことだと分かったんだ。」そう言って彼は自分のブドウ畑を指さしました。

 ロペス一家と共にチェチュがこのビロリア ワイナリーとラガレホと命名されたワインブランドを立ち上げたのは2000年のことでした。ロペス一家は代々農業を営んできた古い農家です。チェチュがまだ14歳の時に、マニュエル ロペスは、彼を招いてくれました。チェチュは農園の仕事をすぐに覚えました。「マヌエル・ロペスは私にとって父のような存在だった。」と彼は言います。「彼らは既にオリーブ、小麦、ひまわりの種等を栽培していたから、次の段階で、僕がワインの世界に入ったのは当然の成り行きだったと思う。そして、ラガレホのワインを、マヌエルと僕が一緒に育ててきた。2年前にマヌエルがこの世を去った時は、大変ショックだった。でも、その後も彼の奥さん、2人の娘、そして私とで彼の情熱を引き継ぎ、徐々にここを大きくしてきたんだ。」

ワイン作りは最初のブドウの植え付けが全てだ

 ビロリアのブドウ畑は、3つに区画されていて、そこに3万本のワインの木が植えられています。太陽が程よく当たるように、ブドウの種類によって異なるところに植えられています。白ワイン用のブドウは北面に、赤ブドウは南面に植えられています。

 「ワイン作りは最初のブドウの植え付けが全てなんだ。どこに、どういう種類のブドウを植えるかで、ワインの質は決まる。」とチェチュは言います。「植えた後の仕事は、殆ど全部畑がやってくれるんだ。最初の段階で正しく、適切な土地にブドウを植えられれば、ワインは樽に入れられるまでの間に完璧なものになるんだ。自然が作り上げるものに対して僕達が何かを足す必要なんてないよ。」

 農業に情熱を注ぐチェチュは、スペインの農家の大変さを良く知っています。この付近の農地は、スペインの農家が何代にも渡って所有してきましたが、この土地を使って、何か新しい事をするという概念は最近まで無かった事です。「わずか100年ほど前までは、この地域の農民のほとんどは貧しく、その日暮らしみたいな状態だった。お互いに助け合いながら、何とかこの土地で生活してきたんだ。最近では、農家に対する支援を政府がするようになったおかげで、やっと農家の人々も適正な収入や労働時間を考えることが出来るようになり、そして、土地を使って新しい農産物を作る余裕もできてきた。」と説明してくれました。

 「僕達のワイン作りは、完全な家族経営だから、一年365日が仕事で、休みの日なんか殆どない。」と彼は言います。そして、遠くの畑で働いている2人の男たちを指差しながら、「あそこの畑で働いているのがホセで、トラクターを運転しているのがアントニオ。僕らの親戚だ。地元の人に、収穫期には手伝いを頼む事もあるけど、彼らも家族みたいなものだ。みんな農業を知り尽くしているし、自然は生活の一部みたいなものだから、何をしなければいけないか説明する必要もないしね。」

 ラガレホブランドの6種類のワインがここで作られています。白ワイン、ロゼワイン、それに、4種類の赤ワインです。年間の生産量は2万から2万5千ボトル程度で、ごく少量しか作られていません。彼のワインは、国内外に出荷されていますが、もともと彼がワイン作りを始めた目的は、高級なショップに自分のワインが並べられたり、5つ星ホテルで供されることではありませんでした。チェチュは、今でも、ごくごく普通のワイン好きの人たちに彼のワインを飲んでもらいたいと思っています。

土地が僕に与えてくれるものをそのまま受け入れる

 「僕がワイン作りを始めたのは2000年からだけど、当時は何か遠い夢を追いかけているように思っていたけど、それは夢ではなかったんだ。僕は、土地が与えてくれるものをそのまま受け入れ、それを使って何か卓越したもの、多くの人に喜んでもらえるものを作りたかったんだ。僕達スペイン人ですら、この素晴らしいスペインの土壌から生まれてくるワインは、リオハしかないように思い込んでいるけど、そろそろそれを変える時だと思う。ロンダや他の地域にも沢山のワイナリーがあり、そこでワインが作られている。スペインにはもっと多くの素晴らしいワインがあることを世界に発信して行かなくてはいけないと思う。今ではフランスやイタリア、そして遠い日本からもラガレホのことを聞いた人達がここを訪れてくれて、僕のブドウ畑でロンダのワインを堪能してくれるようになった。僕達が心を込めて作ったブドウやワインをいろんな人達に愉しんでもらえる・・・これ以上の幸せはないよ。」

 チェチュは、ロンダの農業の将来を考え、次の世代を育てることが彼の次の課題だと感じ始めています。そのために自分が今まで学んで来た事を次世代に伝えることが彼の使命でもあると言います。経営や政治、そして財務を学んできた彼は、自分の頭、手、そして心を組み合わせ、この地の将来を担ってくれる若者を、農業に導き入れたいと思っています。

 「僕は、近所に小さな農業学校を開いて都会の若い生徒達を招き、彼らがかつての僕のように自然に触発される機会を作りたいと思っているんだ。ここでは、いつも自分達が食べている物が、どうやって育てられているのかを理解することが出来る。自分の土地を持つことがどういうことかを体験してもらうのもいいかもしれない。僕達は、この地域で将来も高品質な農産物やワインが作り続けられる為の努力をしないといけない。次世代の人々には、農業や自然に対して情熱だけではなく、政治・経済にも敏感で、より良い教育を受けて欲しいと願っている。今こそが、新しい考え、新しい強さ、そして新しいスタートを切る時期なんだと思う。僕達に大きな喜びをもたらしてくれるこの素晴らしい仕事について子供たちが学ぶ機会を与えられることにとても誇りを感じる。」

ロンダのラガレホ ワインには、作り手の心、情熱、家族愛、そして自然に対する敬意がボトルに詰められています。