ボデガ F.シャッツ

作り手:フリードリッヒ(フェデリコ)・シャッツ

自然を理解するとワインが見えてくる

 ロンダのバイオダイナミックワインの第一人者と言えば、必ず最初にフリードリッヒ・シャッツの名前があがります。彼の祖先はイタリアのドロミテ山脈でワイン作りをしていた一族でした。1641年に、南ドイツに移住し、ワイン作りを続けてきたシャッツ家は500年以上のワイン作りの伝統と歴史を守り続けています。

フリードリッヒの体には、歴史と経験から作られるワインの血が流れている

 「僕が18歳になったとき、シャッツ家のワイン作りの伝統を守るために、世界のどこかでワイン作りを続けて欲しいと父に言われたんだ。」と彼は話しだしました。フリードリッヒにはいつも満ち足りた雰囲気が漂っています。ワイン作りをこよなく愛し、その情熱を他の人と分かち合いたいという気持ちを強く感じます。作り手の健康的な輝きが彼にはあります。「僕は、当時若造だったけど、情熱だけは人一倍持っていた。それに、将来は、ブドウ栽培に最適な温暖で、エキサイティングなワイン作りができるところへ行きたいと思っていたから、父にそう言われると、俄然と自分の限界を試してみたくなったんだ。ただ、父は、世界のどこかでと言いながらも、飛行機嫌いの父が車で行ける範囲という条件を付けた。だから、実際には選べる範囲は南欧だけだった。」と笑いながら、フリードリッヒは愉快そうに話します。

 そして、フリードリッヒは、父の願いを実行に移します。自分が理想としている有機栽培によるワイン作りを実現するための新しい土地を探す旅にでました。そして、バイオダイナミック農法に最適な独特な自然環境条件が備わったロンダに行きついたのです。海に程近く、その対岸はアフリカ大陸で、風は地中海と大西洋の両方から流れ込み、土壌の質や空気も素晴らしい。ここだったら成功するとフリードリッヒは思いました。それは、ワイン作りの知識からくる、シャッツ家の勘と呼べるものだったのかもしれません。 フリードリッヒは、ロンダの自然環境に賭けることにしました。そして、やがて彼はこの地域で最も尊敬されているオーガニックワインの作り手になったのです。500年の豊かな歴史と経験から作られるワインの血がフリードリッヒの体には流れていて、その血がロンダを選ばせたみたいです。

 彼は、フィンカ・サンギフエラと呼ばれていた3ヘクタール程の小さな農園を買いました。この農園は、古代ローマ時代にワイン作りの中心地であったアシニポから程近い田園地帯に位置しています。香りの良いハーブがところどころに群生するオレンジの木に縁取られた土地には、アンダルシア風の白く塗られた、彼が妻と小さな娘と3人で暮らす家、醸造所、そして倉庫が点々と建っています。この敷地に車を乗り入れて、エンジンを切ると、静かな空間に包まれます。どこかに腰を下ろして深く息を吸い、そこでしばらく、何も考えずに座っていたいという気持ちにさせられます。ここは単なるブドウ畑というよりも、自然の裏庭みたいで、自然界の全てのものが、均衡と調和をしている事を感じます。

 彼の醸造所に入って行くと、樽が並び、その壁には額に入った色々な賞状が並んでいます。彼は、この自分の仕事の結果を誇りに思っています。彼は小さなチームで仕事をしていますが、今後もその規模を変えるつもりはないと言います。「僕は、誰に言われなくても、いつも良い仕事をしたいと思ってきた。だから、ここのチームでも、僕は、ボス的な役割はしないんだ。ここで、最も大事なのは、それぞれのチームメンバーが自然と調和して働く事によって、いつ、何をしなければならないかを、自然から知る事なんだ。実家のドイツから家族がここに来ると、同じように、仕事を手伝ってくれるんだ。」と言って、彼は遠くの畑でブドウの木を検査している自分の母親を指差しました。「収穫期には、人を雇って、チームを組んで収穫作業をするんだけど、でも、これ以上の規模のワイン作りをするつもりはない。規模を大きくしすぎて管理が行き届かなくなると、品質が落ちてしまうからね。」と、ブドウ畑を眺めながら言いました。

自然から受け取るエネルギーと同じ分のエネルギーを自然に返す

 私達の前の素朴なテーブルに地元のチーズと、フリードリッヒの妻ラケルが焼いたパンとケーキが並んでいます。ラケルはヨガのインストラクターをしていて、瞑想家でもあります。シャッツ家の人々は、どうすれば人生を魅力的なものにすることができるかを良く知っている様です。彼らは、自然を尊敬し、自然から受け取るエネルギーと同じ分のエネルギーを自然に返す様にしています。そうする事によって、この土地は、彼らの生活の営みに必要な実りを与えてくれるのです。

 フリードリッヒは、6種類のワインを作っています。そのうち4種類が赤(フィンカ・サンギフエラ、ピノ・ノワール、プチ・ヴェルドと、彼の代表作アシニポ、そして白(シャルドネ)とロゼです。

 グラスにワインを注ぎながら、フリードリッヒは「白やロゼが好じゃないと言う人も、僕のワインを飲むと考えが変わるんだ。」と言います。「僕のシャルドネは軽くて、オークの香りが少なく、その分、マンゴーやライチーの香りがして、シャルドネにしては、さわやかさを持っている。白は好きじゃないという人が、このワインを飲むと、もう一杯って言うんだよ。
中には、ワインを飲むと頭痛がするから飲まないという人もいるけど、頭によるものではなくて、ワインに添加される事がある化学合成物によるものなんだ。有機栽培の僕のワインを飲んでも頭痛はしないよ。」と言いながら、彼は、今まで見たことも無い、難しそうな単語が並んだリストを見せてくれました。それは、ワインへの添加が法律で許されている化学物質のリストでした。他の食料品と違い、ワインにはこういう合成風味料等を表示する義務がありません。つまり、自分が飲んでいるワインに何が入っているかを知っている人はごくわずかしかいないという事です。フレードリッヒは、こういう添加物は一切使っていません。彼は冗談で、 「ワインには、こういう合成風味料以外にブドウが入っているって知ってるか?」と笑いながら言います。このリストを見ていると、有機栽培ワインの存在の重要性を感じます。

 

自然界のバランスを重視

 陽光が降り注ぐ屋外に出ると、トンビが遠くの空で輪を描き、足元ではニワトリが地面をつついています。可愛らしい衣装をまとったフリードリッヒの4歳になる娘が、通り過ぎて行く私たちに手を振って挨拶をしてくれました。

 彼は周囲を見渡しながら、「人の人生にはバランスが重要だろ?」とブドウ畑の掘り返されたばかりの土に群生しているハーブ、草、そして野の花の茂みを指差して「僕の農法も同じで、自然界のバランスを重要視している。」と微笑んで言います。「ワインの作り手の中には、草や雑草は、水や土の栄養をブドウの木から奪ってしまうと考えて全て除去してしまう人達がいるけど、僕は、そうは思わない。それぞれの草花には自然界での役割があるんだ。 例えば、ある種類の虫を寄せ付けるハーブを植えれば、そこには、その虫を餌にする鳥類が集まり、ブドウの木に害を与える虫を食べてくれる。」そして他の植物に目をやって「この草は 余分な水分を土地から吸収してくれて、夏になると葉が乾燥して土の上に層を作って、太陽に照り付けられる土地の乾燥を防いでくれる。そのおかげで、ブドウの木が乾きすぎないようにしてくれるんだ。こっちの植物は役に立つバクテリアを作ってくれるし、他にもブドウの木につく害虫よけになってくれる植物もあるんだ。こうして、自然界のバランスを保つ事によって、自然が自分で素晴らしい仕事をしてくれるんだよ。農薬や、化学肥料なんて使う必要なんかないんだ。」 と教えてくれました。

 彼の説明は理路整然としていて、素人でも有機栽培の原理が良く理解でき、その考えの背後には、普通の人達が知らない自然界の常識があります。彼の話を聞いていると、なぜ全てのワインの作り手が「自然を相手に」ではなく、「自然と共に」働くことを選ばないのか、不思議に思われてきます。

 「土地に与えるも肥料も土壌の自己治癒力で作るんだ。」彼は、乾燥した葉と草で一杯の箱を抱えて来ました。「ブドウの栄養のうち、土から得ているものはわずか13%に過ぎないって知ってる?残りは全て天候や大気の独特な組み合わせから得ているんだ。でも、植物が育つ土壌を出来るだけ健康に保つのはすごく重要な事なんだ。水晶の粉末を老齢の雄牛の角に入れてそれを一定期間土壌に埋める、そして、それにカモミール、野生のイラクサ、タンポポ、ノコギリソウ、それにバレリアンを混ぜたものを栄養として土に与え、これが全てブドウに吸収され、そのブドウが僕のワインになる。こうして、バイオダイナミック農法に基づいた有機栽培でブドウを育てているんだ。」

 フリードリッヒのグラスにはいつもワインが入っていて、満足そうにそれを飲んでいます。「オーガニックワインなら気持ち悪くなることはないし、頭痛も起きない。そして、二日酔いもない」と彼は言いきります。

 彼は、イタリア人の情熱と、ドイツ人のクラフトマンシップ、そしてスペイン人の人生への愛へを最良にバランスさせた最高品質のワインのような人です。そして、地元の闘牛を楽しみ、馬に対する愛を語る彼は、ロンダを自分の生まれ故郷の様にこよなく愛しています。

 彼は私達との別れ際にこんな話をしてくれました。「ローシルド女史によれば、ワイン作りは最初の200年間が一番難しく、それを乗り越えれば、ワイン作りは、ぐっと楽になるんだそうだ。」シャッツ家は、すでにその2倍もの時間をワイン作りにかけてきました。シャッツ家の伝統はこれからも永く引き継がれていく事を確信しました。